松本すみ子の「定年準備講座」
 

第18回 カジュアルファッション事始め ジーンズ編 <その2>        2006年5月30日
 〜気おくれして入れなかったジーンズショップを攻略〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 その1では,最新流行のジーンズと今どきの着こなし術を探ってみた。しかし,忘れてもらっては困る。団塊世代は元祖ジーンズ世代なのである。若いころから,ジーンズの体験は豊富だ。あの感触も忘れてはいない。すっかり遠ざかっていた人でも,ジーンズへの関心は高いはずなのだ。

 今回登場するのは「そろそろ,またジーンズ派に戻ってみようかな」と思い始めた団塊男性二人。ジーンズ専門店に出向いてもらい,ボトムだけでなく,シャツや上着,ベルトなども試着して,トータルコーディネートを試してもらった。

 「一人で,こういう店には入れないよ」と言いながら,最後には試着を楽しむ余裕も。そして,それぞれ自分にふさわしい,お気に入りの一本を手に入れ,まんざらでもない様子で帰っていった。

◆原宿のショップで試着開始

 二人と待ち合わせをしたのは,原宿のリーバイスショップ。平日にもかかわらず,ファッションに敏感な若者たちがひっきりなしに店を訪れる。三島通文さん(58歳)と山崎賢二さん(57歳)は,その中に不安げにたたずんでいた。確かに,お客さんのほとんどは,カジュアルファッションに身を包んだ若者たち。ビジネススーツ姿のオジサンは目立つ。

 しかし,これからもっと目立つことをするのである。なにしろ,店内の試着室前でオジサンたちのファッションショーが始まるのだ。

 この日,対応してくれたのは,若い女性の店員さん。いつもと年齢も雰囲気も違うお客さんに,どんなアドバイスと提案をしてくれるのだろうか。早速,三島さんからジーンズを試着してもらうことに。

 三島さんは,コンピュータ関連企業で主に営業畑を歩んできた。海外事業を担当しており,米国への赴任経験もある。仕事で米国に出張する機会は今も多い。米国にいる時は,現地で何本もジーンズを購入したという。「アメリカ人には,Gパンは日常着で労働着。ほとんど洗濯もしませんしね」と言う。

 休日には自宅でGパンを履いている。しかし,「外に着ていくことはないですね。キャンプとか,何か汚れるような仕事の時には履くけど」。三島さんにとってジーンズは,今まで「Gパン」という名の普段着だったようだ。

◆ジーンズとバンドで夢見た青春時代

 三島さん,実は20代の頃に,学生バンドのメンバーとして華々しく活躍していた時期がある。曲のタイトルを知ったら,印象的なメロディーをなつかしく思い出す同世代も多いだろう。それは,万里村れいとザ・タイム・セラーズが歌った「今日も夢見る」(昭和43年発売)。慶応大学に在学中の三島さんは,ザ・タイム・セラーズのメンバーとして,このレコードの録音に参加した。

   

 当時はカレッジ・フォークの全盛時代。学生バンドがたくさん生まれ,いくつかのバンドはメジャーデビューも果たした。ただし,プロの道は厳しい。ほとんどは,学生の趣味の域を越えられず,卒業後は普通の社会人として企業に入っていった。三島さんも同じである。

 それから,30数年。彼は最近,ギターを始めた。それも,フォークではなく,ギンギンのエレキギターだ。時には,そのエレキを持って,赤坂や銀座のライブハウスに出没する。そういう店では,夜な夜な同じ趣味を持つ同年代の仲間が集まっては,昔の腕を披露し合う。「髪の毛の薄い目立たないオヤジが,ドラムの前に座っただけで別人のようにカッコよくなるんですよ」。同年代のそんな姿を見ると嬉しくなる。

 三島さんにとって,定年後を見据えた青春プレイバックのアイテムとして,エレキやバンドなどと共に,ジーンズもある。だから,彼のジーンズ選びの基本は,なにより若い頃の気分に戻れる一本でなければならない。

◆スソの擦り切れは我慢しても,穴あきはだめ

 三島さんが最初に手に取ったのは「501」。1890年代に登場した初期のジーンズの復刻版だ。股上は深く,フロントボタンが特徴。普段履きなれているものと似ているので,気にいった様子だった。

 しかし,実際に試着した第一声は,「これはだめだなあ」。ひざの辺りの目立つ位置に,穴が開いているのである。これは凝った加工の一種で,若者はこちらの方を好むというが,三島さんは納得いかない。

 次に,「503」を履いてみる。503は股上の浅いローライズという型だが,浅いのは前の部分だけ。後ろはお尻をすっぽりと包むように深い。ウエストを締め付けず,後ろはゆったりと履きやすいジーンズだ。「悪くはないけど,色はさっきの方がよかったなあ」。

 せっかくなので,最新のローライズシルエット「505」も試してみる。「落ち着かない」。確かに,しゃがむのも苦しそう。ここで,三島さんのジーンズは501に決定。店員さんに穴の開いていない501を探してもらい,もう一度試着。後姿もちゃんとチェック。

 裾は長目にというアドバイスを取り入れて,裾上げはしないことにする。いい具合に擦り切れた加工がカットされてしまうのも惜しい。どうしても長いと思ったら,後からでも,持参すれば処理してくれるそうだ。ジーンズの直しだけは,専門店にやってもらった方がいい。

 ジーンズ試着の合間に,白いシャツ,Tシャツ,チェックの半そでのシャツ,白いジーンズジャケットなども試す。自分では,ついダークな色合いを選んでしまうという三島さん。それを知ってか,知らずか,店員さんはピンクのシャツや,きらきら光る派手な柄のTシャツを持ってくる。昔なら,サイケデリックといったような派手なTシャツは,やはりお気に召さない様子。勧められても,だめなものはだめなのである。

 「もう少し,自分たちに合う柄のTシャツもほしいよね」。これはショップへの注文。こうして,三島スタイルは決まった。スーツ姿の三島さん(左)は,右のように大変身を遂げた。

  

◆怖くてジーンズがはけなかった

 さて,今度は山崎さん。山崎さんは,素材メーカーで新規事業開発を担当している。会社では繊維も重要な製品であり,ファッションと無縁ではないから,結構おしゃれには気を使っている。しかし,その山崎さんでさえ,サラリーマンになってからは,ほとんどジーンズを履くことがなかったという。

 理由は,太って体型が変わり,もうジーンズは履けないと思い込んでいたこと。今でこそ,スマートだが,バリバリの働き盛りは太り気味だった。昔のジーンズは素材が固く,きつかったから,その記憶が残っていて,ジーンズを敬遠してしまうのだ。最近,奥さんから「あなたもそろそろジーンズを履いたら?」と言われ,その気になったものの,やはりジーンズショップに足を踏み入れる勇気が出なかった。

  

 そんな時,ある雑誌で,自分より年上らしい白髪の男性が,裾長ジーンズに紺のジャケットを上手に組み合わせて,カッコよく歩いている写真を見た。以来,あんな風に「きれい目ジーンズで決めたい」と思うようになっていた。そして,「仲間うちの夜の会合などに,ジーンズを履いて行きたい」と密かに企んでいる。そのためにも,今日は,しっかり選ぶぞと力が入っている。

 「きれい目ジーンズ」にこだわっている山崎さんには,最初から目をつけていたものがある。それは503。三島さんも試したローライズながら履きやすい型のジーンズだ。しかも,いわゆるブルージーンズではなく,上品な濃いブルーの地をパープルの縫い糸が彩っている。確かに,おしゃれな感じだ。

◆いつもと違う自分を発見する

 30数年ぶりにジーンズを履く山崎さん。「もうこれでいい」と決めそうな雰囲気。しかし,そうはいかない。「自分で選ぶと,いつも同じようなものを選んでしまうので,アドバイスしてもらいたい」と言っていたのは,ご本人だ。ファッションの楽しみは,思いがけない自分を発見することでもある。

 まずは,初体験のローライズ505を試してもらう。しかし,残念ながら「これはやっぱりだめ」とお手上げ状態。次に,店員さんの勧めで「502」を履いてみる。502は503と同じシルエットだが,503より幅が少し細身。スマートな山崎さんには,幅広よりもこちらの方がいいという見立てのようだ。山崎さんも,かなりお気に入りの様子。

 気をよくして,503も試してみる。「フィット感は,さっきの方がいいなあ」。これで502に決まり。裾も少しカットしてもらう。お勧めに耳を貸してよかったようだ。履いてみないことにはわからないのである。

 やさしい笑顔の山崎さんを見て,店員さんはピンクのTシャツ,黄色と茶のコンビのTシャツといろいろ持ってくる。どれも,自分では選ばない色だそうだ。「意外と着られるものだなあ」。鏡の前で,嬉しそう。最後に,やはり白いジャケットを羽織り,山崎スタイルも完成した。

 二人が意外にこだわったのはベルト。山崎さんは,ジーンズに合わせてベルトもお買い上げ。三島さんは,米国で買ったベルトを何本か持ってきていた。アメリカ仕込みは,ベルトが大切なことを知っている。それを見た山崎さん。「今度アメリカに行ったら,そういうベルト何本か買ってきてよ」とリクエスト。どうやら,二人のおしゃれ心に火が着いたようだ。
二人が口を揃えて言うのは,「ジーンズショップは若い人が多くて,入りにくい」ということ。気後れして店に入れなかったり,履いてみたいと思ってもいい出せなかったり,別のものを試着してみたいと思っても遠慮してしまったり。オジサンたちはシャイなのである。

 でも,三島さんはこう言う。「若者と同じ店で選べるファッションはジーンズくらいじゃないかな」。確かに,その通り。若者と同じ(いや,それ以上の)ドキドキ感を味わえるジーンズショップに,団塊世代はもっと出没してもいいのではないだろうか。二人の若々しくなった姿を見て,そう思った。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

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