松本すみ子の「定年準備講座」
 

第16回 定年前に読む本 <その2>        2006年4月25日
 〜まだまだ続く人生をどう生きるか〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 前回は,今後仕事を離れた時に,もっとも大切な家族・人とのふれあいを意識する本,自分自身を見つめるために感性を刺激する本を紹介した。しかし,それよりもまず,定年後の自分の生き方が見えない,それを考えたいという人も多いことだろう。

◆自分で考えることへの刺激になる本

 今,書店には団塊世代の現状と将来,定年後の生き方を示唆する本がたくさん並んでいる。新宿の紀伊国屋書店に行ったら,写真のような団塊世代コーナーまで作ってあった。また,このコラムを書くにあたって,筆者の本棚をあらためて見直してみたところ,仕事柄当然なのだが,30冊以上の関連本がみつかった。

 いろいろ読み直してみたけれど,団塊分析論やマーケット本にはさほど内容の違いはないということが分かった。正直に言ってしまうが,概論のようなものやノウハウ本はもうたくさんという気がする。この分野は1,2冊読めばこと足りるだろう。大事なのは,やはり自分で考えることへの刺激になる本である。

 私が面白いと思ったのは,今あるいは将来,この世代が置かれる現状や問題点がリアルに語られる類のものだ。これからはフィクションであれ,ノンフィクションであれ,団塊本にも,現実感と説得力のある読み物が求められると思う。出版社はもっと,そのあたりの企画を考える必要があるのではないだろうか。今回は,そういうインパクトのある本を選んでみた。

◆第二次老いるショックからが本番だ

〜『老いるショックは3度来る!』 江見康一 著〜 (かんき出版 2005年)

 まずは先輩に敬意を表し,上の世代が自身の体験を踏まえて生き方の指南をする本からスタート。著者も書いているように,これは「老いる」ことへの心構えを説いた本だ。著者は大正10年生まれの御年84歳。なので,「3度来る!」という断定的な言い方も,本当に自分の経験から出た実感なんだろうなあと,納得してしまう。

 江見先生の分析によれば,個人の老いるショックは3段階に分けて考えられ,それぞれのニーズにあった対策が必要だという。第一段階は55〜64歳までのフレッシュオールド。この世代はまだ元気なので,高齢者雇用の開発が重要課題となる。第2段階は65〜74歳のミドルオールド。仕事はほとんどしなくなっているので,公的年金への依存が高い。最後は75歳以上のシニアオールドで,医療や介護などが切実な問題となる。

 著者は本のタイトルのつけ方もうまいが,先生だけあって説得も上手だ。「長い老後を安心して暮らすためには,先立つものが必要です。年金だけでは不安でしょう。それを補ってくれるのが『老いるマネー』です。『老いるショック』を感じたら,すぐに『老いるマネー』の準備にとりかかってください。さもないと,『老いの細道』になりますよ」。

 含蓄のある言葉も並ぶ。「中老期の方に申し上げますが,『老人力』を身につけることも生半可なことではないのです」。「他人に年齢を聞かれて,普通は若い方へサバを読むものですが,高齢者になると逆に年上のほうにサバを読む。その分岐点が70歳」。

 江見先生は妻に先立たれるという予期せぬ老いるショックも乗り越え,81歳で東京と赤穂間の680キロメートルを自転車で走破した。自身を「新しいシニア文化の創造を目指すロマンチスト経済学者」と称す。少なくとも90歳まで生きるつもりであるらしいのは,本の副題に「人生90年の時代」とつけたことからも分かる。こうした先輩の元気を知ると,こちらの気分も軽くなるような気がするのである。

◆団塊による団塊のためのソーカツ

〜『団塊ひとりぼっち』 山口文憲 著〜 (文春新書 2006年)

 団塊自身がさまざまな団塊論に反論し,自己分析している本である。著者は1947年生まれの,まさに団塊世代。ご本人は冗談やユーモアなどを交えながら,さらりと述べたいと思っているらしいが,どうしても理屈っぽくなってしまうのは,団塊世代らしいところだ。

 著者は「団塊世代はずっと社会問題といっしょに生きてきた」という。学校に入ればスシづめ状態,その次は受験戦争,さらに自作自演の学園紛争もある。そして,ようやくお役御免の時期を迎えようとすると,今度は2007年問題だという。もういい加減にしてほしい,そろそろ団塊世代としては「問題」からの決別を宣言したいというのである。

 さらに,団塊世代はいつもひと塊だと思われ,「なにかごちゃごちゃしたものがぎゅっと固まった感じ」を持たれるので,実は「団塊世代は一人ぼっちなのだ」という反論も試みる。理由は3つある。第一は年齢集団として孤立しており,世代としてひとりぼっち。第二に,戦後の民主主義教育を受け,自由主義と個人主義を信奉する故のひとりぼっち。

 最後は,文字通り,ひとりぼっちが意外に多いということ。山口さんによれば,「いわゆるずぶずぶのマイホームパパ/ママもいる一方,結婚もしなければ家庭も持たないという選択をした人間も少なくない。つまり,自分から望んでひとりぼっちの人生を送っている」のだそうだ。

 なるほど。それで思い出したが,50歳代の独身者の割合を調べたことがある。その結果,男女共に約16%が独身という数字が出て,驚いたものだ。それ以来,筆者は,団塊世代やシニア世代といえば夫婦二人という単位を安易に当てはめない方がいいのではないかと述べてきた。山口さんの分析は,その裏づけに使えそうだ。

 問題児だった団塊世代は,なんだかんだと分析・批判されながらも,今や資産と退職金を虎視眈々と狙われるマーケットの注目株である。

 しかし,著者は警告する。「これから始まる団塊世代のゆとりと充実のセカンドステージ」などという甘い言葉は,資産と退職金を虎視眈々と狙うインチキビラの文句と同じであり,また,「団塊世代の力を必要としています。これからも現役で活躍してください」は,定年後の団塊を安く使おうとする陰謀であると。これは,おそらく団塊世代の誰もが,なんとなく感じていることだろう。

◆ピカピカの新入社員は60歳

〜『入社資格は60歳以上』 平野茂夫 著〜 (サンマーク出版 2004年)

 団塊世代は,定年後も働きたいと考えている人が多いというが,これは団塊世代に限らない。2005年に60代で働いている人は全労働人口の約16%という厚生労働省の資料がある。実際,私の周りの60代をみても,なんらかの仕事をしている人は多い。日本人にとって,働くことは生きがいなのだ。

 この本の著者・平野さんは,「60歳の定年を迎えた瞬間にただの人になってしまうなんて,おかしいじゃないか」という一念で会社に提案し,実際に60歳以上が入社できるパブリックカンパニー(みんなのための会社)を作ってしまった人である。会社名を「マイスター60」という。設立は1990年。平野さんが47歳のときのことだ。

 マイスター60は一応,70歳選択定年制をとっているが,気力・体力・能力があれば,引き続き働けることができる。事実上,定年はないのと同じだ。20名で始めた会社は,2005年に社員数500名を達成。2006年にはウーマン事業部を設置し,中高年女性への働く場の提供も始めるという。なんとも頼もしいシニアパワーである。

 もちろん,この会社の存続と成長は親会社・マイスターエンジニアリング(東証二部上場)の支援がなければ成り立たない。仕事のほとんどは親会社からだ。しかし,それはとても良い関係を生み出している。受託した仕事にはマイスター60と親会社の若者がチームを組んで取り掛かる。25歳と65歳とか,22歳と70歳などという組み合わせは普通のこと。技術の伝承は現場で確実に行われている。

 それにしても,親会社もよく,こんな提案を受け入れたものである。また,思いついていても,平野さんのように実行に移すことのできる人はそうそういない。本を読むと,その熱い思いや粘りは紛れもなく,それまでの現役時代に培われたものだということが分かる。

 「過去30年なら,30年の間にそそぎ込まれたエネルギーが,その会社のこれからの30年をつくる」。これは第3章の扉に書かれた言葉である。この言葉は,個人にも当てはまるかもしれない。現役時代30数年のエネルギーは,これからの約30年の人生をつくる。さて,あなたの場合はどうだろうか。

◆夫の知らない世界 突然残された妻の混乱

〜『魂萌え!』 桐野夏生 著〜 (毎日新聞社 2005年)

 これは小説である。女性作家の作品だし,主人公も女性だから,男性が手に取る機会は少ないかもしれない。しかし,団塊/シニア世代の男性には,ぜひとも読んでほしい小説である。なぜなら,夫に先立たれた妻がどういう状況に立たされ,どんな思いをするか,自分では絶対に知りえない状況を垣間見ることができるからだ。

 敏子さんは59歳。63歳の夫は,ある日突然,心臓麻痺で死んでしまう。夫が突然死したのは,体調に気づいてやれなかった自分のせいではないかと自身を責めたりもした。ところが,夫には10年も続く愛人がいたことが発覚する。しかも,相手は自分より年上で,その人が経営する蕎麦店に出資までしていたという。どうりで,定年後,熱心に蕎麦打ち教室に通っていたはずだ。

 さらに,追い討ちをかけるように,子供たちからは同居や財産分与の話が持ちかけられる。これから私はどうしたらいいのだろう。今まで自分はすべて夫に任せて,何もできない人間だったという事実がつきつけられる。その喪失感と混乱の中で,敏子さんはもがく。家出をしたり,優しい声をかけてくれた妻子ある男性と関係を持ったりする。すったもんだしながら,だんだん強くなっていく敏子さん。

 ここに書かれたのは,おそらく夫に先立たれた多くの妻が多かれ少なかれ直面する問題だろう。夫の死後,妻は一人で諸々の問題に立ち向かわなければならない。子供もあまり当てにならないことがわかる。

 帯には「夫は,ほぼ先に死ぬ。アナタは,どう生きる?」とある。女性たちは,自分が最後は一人になることも覚悟して生きている部分がある。夫たちはどうだろうか。第2の人生を考えるとき,残された妻の人生にも思いを馳せてもらいたいと思う。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

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