松本すみ子の「定年準備講座」
 

第15回 定年前に読む本 <その1>        2006年4月18日
 〜経験したこともこれからの人生も、すべて本の中にある〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 「あなたは今まで,どんなことに興味を持って生きてきましたか?」。そう問われて,すぐに答えられる人はあまりいないだろう。たいていは,答えに窮するのではないだろうか。しかし,それを判断できる方法をひとつだけ知っている。それは,その人の本棚を眺めてみることである。

 「これから自分は,どんな本を読みたくなるのだろう」――。書店の本棚の前に立ち,それを自分に問いかけながら選んでみてはどうだろう。いつものように,仕事に必要なビジネス本やノウハウ本に手を伸ばしかけて,ふと,少しは傾向の違う1冊を加えてみようかと思う時もあるかもしれない。

 4月は2週に渡って,そんな時に手にとってもらいたい本をピックアップしてみた。1週目の今回は,筆者・松本が選んだ“卒サラ”に向けて情感を刺激する4冊を。来週は,団塊世代の現状と将来,定年後の生き方を示唆する本になる予定だ。

 わが本棚に,今までなかった本が並ぶ日は近い。

◆傷つきやすい大人のための絵本

〜『盾 シールド』 村上龍 著〜 (冬玄社 2006年)

 村上龍からは,むかし「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を取った時のミーハーな感じはとっくに失せている。最近では,北朝鮮の脅威を描いた「半島を出でよ」とか,子供に働くことの意味を伝える「13歳のハローワーク」など,すっかり社会派に変身している。

 先日,久しぶりにテレビに出演しているのをみたら,小沢一郎ばりのにこりともしない顔で,自著についてもどかしそうに解説していた。小沢一郎は実はナイーブなんだよと言う人がいるように,こうした怒り顔の人は,案外,繊細な心を隠しているのかもしれない。『シールド』を読んで,その思いを強くした。

 『シールド』は,コジマとキジマという二人の少年がいろいろな人生経験を経て,リタイアを迎える年齢までの成功と挫折,生きる意味を問いかける物語である。二人は少年の頃,山に住む老人から「人のからだの中心にある大切なもの」の話を聞く。

 「それは心と呼ばれたり,精神と呼ばれたりする。とてもやわらかで傷つきやすいもので,だから,どうにかして守ってやらなければならない。そうしないと,まるで,化石のように,感情も感動も驚きも,考える力も,何もかも失ってしまうんだ」。その大切なものを守るのがシールドだ。しかし,少年たちにはシールドがどんなものなのか,よく分からない。二人はシールドを探しながら成長する。

 ところで,村上龍は,この本を誰に読ませたくて書いたのだろうか。『シールド』は絵本である。一見,子供向けのようだが,少年たちが生きていく背景には,バブルと不況,右肩上がりの成長と停滞・倒産,出世とリストラなどが描かれる。団塊世代にはどこかで見聞きした出来事だ。

 1952年生まれの村上は,団塊世代とほぼ同時代を生きてきた。だから,背景に経験した時代が色濃く現れるのは当然だ。しかし,それだけではないような気がする。強面を装いながら,大人になってもナイーブなこころを持つ大人への応援歌として書いたのではないか。ストレートに応援してはかえって傷つけると考えた,村上流のナイーブなやり方のような気もするのである。

◆愛人として、妻として、同士として、最愛の人を見送る

〜『愛妻記』 新藤兼人 著〜 (岩波書店 1995年)

 映画監督の新藤兼人が,妻で女優の乙羽信子の肝臓がん手術から,亡くなるまでの1年余りの日々を丹念に綴った追悼記だ。しかし,有名人の妻恋い物語なら,取り立てて面白いことはない。興味があったのは,下世話な話だが,正式に結婚する前の27年間も,二人が愛人関係にあったということだ。

 新藤が病死した妻への鎮魂歌として製作した映画「愛妻物語」で,乙羽は妻役を演じた。その翌年には新藤の主宰する独立プロに移り,以後,新藤作品のほとんどに出演する。二人の仲は公然の秘密となった。そして,二度目の妻と離婚し,ようやく二人が結婚した時,新藤は66歳,乙羽は54歳になっていた。乙羽が亡くなるのは,それから16年後である。

 二人が男と女,夫と妻,監督と女優という関係を生涯にわたり持続できたエネルギーとは何だったのだろうか。『愛妻記』には,銀座での逢引の話も出てくる。「監督と女優の情事として騒がれた。だがそんなことにひるむ乙羽さんではなかった。まっすぐ突進してきた」。「乙羽さんのはげしいぶつかりがなかったら,わたしたちの仲はつづかなかったかもしれない」。

 乙羽信子の姿は昔,テレビや映画でよく見た。可愛い顔に似合わず,さばさばとした感じの女優さんで,そんな生々しい秘密が隠されているようには見えなかった。二人は結婚しても,「乙羽さん」「センセイ」と呼び合っていたという。今や,新藤と乙羽,どちらの生涯も,お互いの存在なくしては語れない。同じ映画界を生き抜く同志のような存在でもあったのだろう。

 新藤を深く愛した乙羽も,その乙羽を看取った新藤も,生涯,同志として共同作業をし,作品を残せたことは大満足だろう。夫婦というものは,いつか同志になれるのだろうか。新藤兼人は,1912年生まれの94歳。乙羽をなくした今も映画づくりの情熱は衰えていないと聞く。

◆うらやましい! 古本屋の店主が描くなんでもない日常

〜『早稲田古本屋日録』 向井透史 著〜 (右文書院 2006年)

今,全国的に商店街はさびれつつある。廃業した店舗が並ぶシャッター商店街。学生が行きかうとはいえ,早稲田界隈の商店街も例外ではない。それでも,高田馬場駅から早稲田までの20分ほどの道のりには,今風の居酒屋チェーン店やラーメン店などに混じって,昔ながらの商店が残っていたりする。

 著者は,西早稲田にある古本屋「古書現世」の2代目である。1972年生まれというから,まだ30代。ホリエモンと同じ世代だろう。「古書現世店番日記」というブログを公開している。この本も,後半はブログ日記を基に書き下ろしたものだそうだ。  本には,お客さんとのやり取りや仕入れや古本市など,古本屋ならば当たり前の日常と経験が描かれている。それでも,つい読み進んでしまうのは,何より,さまざまな人との出会いやコミュニケーションが文句なしに面白いからである。

 たとえば,近くのビル工事現場で働く作業服の一行が現れる。とうてい本など読みそうもない中の一人に,「どんな本を読みますか」とうっかり聞いてしまい,気まずい空気が流れる。そのヒデさんが,次に現れたときには,別の古書店で買った岩波新書を,これ見よがしに腰のポケットに挟んでいた。こんなエピソードが,著者の達者な筆で描かれている。

 ところで,定年後は,文字通り,古本屋のオヤジやオバチャンになりたいという夢を持つ団塊世代は多いのではないだろうか。本を読み終わったら,そんな夢を先取りされてしまったような気分になって,ちょっぴり,くやしくなった。いいなあ,2代目は。とはいえ,電車の中で読むにはうってつけの本である。

◆淡々と切ない、永遠のラブレター

〜『センセイの鞄』 川上弘美 著〜 (文春文庫 2004年)

  また,恋愛ものかと思わないでほしい。先に紹介した『愛妻記』は,どちらかというと同志愛の話である。こちらは,本当のおとなの切ない恋物語だ。静かに,静かに,恋のような,そうでないような出来事が語られていく。そして,ある時,突然終わる。

 37歳で独身のツキコさんは,居酒屋で,高校時代の国語の先生と出会う。「名前がわからないのをごまかすために『センセイ』と呼びかけたのだ。以来,センセイはセンセイになった」。センセイは,ツキコさんより30と少し歳が上で,奥さんに先立たれている。

 ツキコさんとセンセイは似ている。肴の好みだけではなく,飲み方のテンポ,人との間の取り方。センセイの側にいると,とても居心地がいい。ツキコさんはまだ若いから,近寄ってくる男もいるが,独りよがりの強引さや,見え見えのアプローチや,すぐに結果が見えてしまうような関係は苦手なのだ。

 センセイとは親子のようでもあり,でも,それ以上にお互いを思っている。「センセイ。私は呼びかけた。少し離れたところから,静かに呼びかけた。ツキコさん。センセイは答えた。私の名前だけを,ただ口にした」。一緒に映画を見たり,パチンコに行ったり,センセイの家で飲んだり,旅行も一緒に行った。

 ただ,この二人に肉体の関係があったかどうかは,語られることがない。それは,センセイのこんな言葉から読者が想像するしかないのだ。「ツキコさん,ワタクシはいったいあと,どのくらい生きられるのでしょう」。「ツキコさん,ワタクシは,ちょっと不安なのです。その,長年,ご婦人とは実際にいたしませんでしたので」。

 読み終わった時に何を感じたかで,村上龍がいう「体の中心にある大切なもの」を失っていないかどうかがわかるかもしれない。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

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