「起業」――。魅力的だが,怖くもある言葉だ。
起業は単なる仕事のスタイルではない。単なる生活費を稼ぐ手段でもない。自己実現のひとつの姿である。とりわけ50代以降の人たちにとっては,第2の人生の生き方の選択そのものであり,今までの人生の集大成の意味を持つ。
「自分の力で成り立つ会社を持ってみたい」。「会社員時代には実現しなかった企画やアイデアを形にしたい」――。誰しも,一度はそう思ったことがあるのではないだろうか。人数が多く影響力のある団塊世代に,少々のリスクは覚悟の上で挑戦する人が増えれば,世の中はもっと面白くなる。今回は,そういう志を持った方々にエールを贈ることにしたい。
◆中高年の起業は年々増える傾向にある
よく起業するなら,できるだけ若いうちがいいといわれる。困難にあっても,失敗しても,気力も体力もあるうちは十分やり直しがきく。しかし,年をとってから事業に失敗して,老後の生活資金を食いつぶすことになっては大変だというのである。
実際はどうか。実は,起業する人の割合は50歳以上が30%以上も占めている。
国民生活金融公庫が発表した「2005年度新規開業実態調査」(平成17年12月21日発表)によれば,50歳代で起業した人の割合は24.1%,60歳以上の起業家は6.4%。しかも,1990年代以降,30歳代が横ばい,40歳代が減少しているのに比べて,50歳代は年々増える傾向にあるのだ(図1)。
図1:開業時の年齢

◆リストラにも負けない中高年起業家
しかし,この数字は必ずしも,子育てや住宅ローンが終わり,自分自身のために資金を使う余裕が出てきたとか,起業意欲が高くなったということを意味していない。実際,50歳代でいまだに住宅ローンを抱えている人の割合は49.5%と半数近くを占めている(図2)。また,高校生以上の在学生を抱える割合も,わずかながらだが40歳代よりも上回っている(図3)。
図2:住宅ローンの有無 図3:子供の有無

実は,50代の起業にはある特殊な事情が見える。開業前の勤務先を辞めた理由を見ればわかるが,リストラで辞めたという人が全体の38%もいることだ(図4)。
図4:離職形態

団塊世代は50代前半で,バブル後遺症の企業倒産やリストラの嵐が吹き荒れた。この時期,退職金の上乗せや再就職支援などの条件と,会社でのその後の自分自身の可能性を天秤にかけ,思い切って早期退職制度に応じた人たちが少なからずいた。この数字は,その中でも転職・再就職ではなく,独立・起業という道を選択した人たちなのだ。
そして,この調査で注目すべきことは,リストラ型の開業者が多くの問題点を抱えているにもかかわらず,非リストラ型(自主的退職)に比べて業績が大きく劣っているわけではないと分析していることだ。起業のきっかけはどうあれ,人脈や取引先とのネットワーク,製品・サービスに関する知識を駆使して,挫折を乗り越え,事業をりっぱに継続させているのである。
では,リストラや年功序列の崩壊に耐えて,これから会社を卒業する多くの団塊世代は,晴れて企業の枠組みから外れたとき,どれだけの人が起業という道を選ぶのだろうか。どんな視点を持って,どんな起業スタイルを作りあげるのだろうか。早くそれを見てみたいという気がする。
◆現役世代とリタイア世代の起業の違い
私ごとながら,筆者も6年前に起業した一人である。結論からいえば,決して大儲けはできそうにないものの,税金もそこそこ納めることができている。50代からの起業はそれでいいのではないか。身の丈ビジネスで,年齢相応の挑戦をすればいい。好きなことをコツコツと続けていって,食べていければいいのだ。
そもそも,現役世代の起業とリタイア前後の起業は,求めるものが根本的に違う。筆者と同じ時期に起業した30代の男性がいるが,前の会社への意地と見栄,会社を作ったという気負いとプライドがあり,最初から女子社員を2人も雇い,まるで社員のために働くような毎日を送っていた。
若い起業家はそれでいいのかもしれない。六本木族のような夢も大いに見てもらいたい。しかし,50代からの起業では形は二の次だ。求めているのは,自分という個人が社会と確実につながっているという実感が持て,今までの経験や培った力を社会に役立てることができるような仕事である。
「社会起業家」という生き方がある。多摩大学大学院教授で,シンクタンク・ソフィアバンクの代表でもある田坂弘志氏は,「社会起業家フォーラム」を立ち上げて,ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)を支援する組織を作っている。
フォーラムによれば,「社会企業家」とは「『良き社会』を実現しようとの志を持ち,『良き仕事』を残そうと歩み続ける」人を言う。つまり,利益だけを追求せず,社会に貢献できる仕事をしていこうとする志を持つ起業家のことである。リタイア後の起業には,こうした視点を持つことが,特に大事になってくるだろう。
◆「新会社法」でさらに起業しやすく
起業を後押しした制度のひとつに「1円起業」がある。資本金が1円でも会社を設立できるという最低資本金規制の特例措置だ。この制度がスタートした2002年から2005年までの3年間で,この制度を利用して生まれた会社は3万社を超えたという。
1円起業では,設立5年以内に,有限会社なら300万円,株式会社だと1000万円という本来の資本金基準を満たす必要があった。しかし,今後は,この規制も完全に撤廃される。より起業しやすくなるのである。それを実現するのが2006年5月に施行される「新会社法」だ。「新会社法」から,起業に関わる部分を拾ってみた。
1. |
有限会社はなくなり,株式会社に一本化 |
|
新会社法施行以後に設立する会社は,資本金の額や規模に関わりなく株式会社として登記できる。有限会社としての登記はできなくなる。 |
2. |
株式会社の最低資本金が撤廃され,
恒久的に1円の資本でも事業の継続が可能 |
|
ただし,銀行からの借入や信用調査などでは,資本金が重視される。資金がなくても起業できるとはいえ,できるだけ早いうちに利益を出して,安定した経営を目指し,信用をつける必要がある。 |
3. |
類似商号の規制が廃止 |
|
従来は「他人が登記した商号は,同一市区町村内において,同一事業のために,同一の商号を登記できない」という規定があったが,これは撤廃される。登記の審査が迅速化される反面,自社の社名を不正使用されるリスクもあるので,注意が必要だ。 |
4. |
株式会社の機関設計の改正 |
|
今までは,株式会社は最低限取締役3名+監査役1名の選任が必要だった。新会社法では,取締役1名だけを選任し,監査役を選任しないという機関設計を行うこともできる。数合わせのために,名目だけの取締役や監査役を置く必要がなくなる。 |
5. |
新しい会社形態・合同会社を規定 |
|
合同会社は,出資者が有限責任しか負わない会社のこと。株式会社や有限会社も,出資者(株主)は有限責任しか負わないが,違いは,出資者が合同会社の経営にもあたること。そのため,出資者が変われば,経営者も変わる。 |
少子高齢化の時代に,国や自治体は,社会をささえる働き手を少しでも増やしたいと考えている。何度も言っているのだが,団塊世代は,いまや,各方面から注目の的である。創業支援の状況も同じだ。団塊世代は,年金の満額支給時期が遅くなるというマイナス要素もあるが,その気になれば,起業という第2の人生の魅力的な手段を手に入れるチャンスでもあるのだ。
次回は,さまざまな起業の支援策や,リタイア後に手がける事業のヒントなどについて紹介する。
(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー) |