松本すみ子の「定年準備講座」
 

第12回 健康を考える <その2>        2006年2月21日
       〜こころの健康 定年うつ病にならないために〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 健康は肉体だけの問題ではない。心が病めば,不思議なことに,たちまち体も弱る。逆に気持ちが安定していれば,少々の病気には負けない。“こころ”を鍛えることも健康を確保する上で,非常に大切なことだ。

 自分(私)はしっかりしているから大丈夫というほど単純ではない。現代社会は,変化がストレスとなり,うつ病という形で表面化することがある。その中でも,定年という環境の変化が原因で罹るのが「定年うつ病」だ。

 うつ病は「こころの風邪」と言われている。風邪は誰でも引く。すぐに直ってしまう場合もあれば,放っておいて,肺炎になることもある。ひどい場合は,命を落とすこともある。それと同じで,油断ならないのである。

 今回は,精神的に不安定な時が来ても乗り越えられるように,自分の状態をチェックする方法も含めて,定年前後の心理状態と対処法について考えてみた。

◆定年前後の精神状態にご注意!

 世の中には「うつ病」が蔓延している。特に,定年前後は要注意だ。喪失感や将来への不安など,さまざまなストレスがずっしりとのし掛かる。長い人生に中でも不安定な心理状態になりやすく,危険な時期なのだ。しかし,その割にはあまり取り上げられることがない。定年うつ病に関する著書や記述も多くはない。

 理由のひとつは,当事者があまり声を上げないことだ。特に男性に多いのだが,自分は「うつ病」などになるような弱い人間ではないと思いたい,あるいは,思い込んでいることである。そして,ストレスや悩みを抱えていても,それをオープンに語ることがない。

 ある精神科の医師によれば,うつではないかと相談にくるのは,本人ではなく奥さんの方が多いという。本人は,「まさか自分がうつになどなるはずがない」と思っているのである。周りが気づいてあげればいいが,無関心だった場合は症状が進んで大事になる場合がある。

◆何もやる気が起きない「定年うつ病」

 では,「定年うつ病」とは,どんなものなのだろうか。

 「定年うつ病」は,仕事や役割の喪失感,将来への不安などによって起こる。定年後の生活資金,生きがい,健康,家族との関係などの不安要素のほかに,会社で部下などに仕事の引継ぎをしていく過程で現れることもある。

 しかし,気分が落ち込むことはよくあることだ。単なる気分の落ち込みと「うつ」はどう違うのだろうか。気分が落ち込んだ場合は,たいてい,しばらくすると自然に回復する。それが回復せずに,2週間以上も続く場合は,うつと疑った方がいい。朝は重く,夜は軽いなど1日のうちで変化があるのも,「うつ」の特徴だ。

 うつ病では,こんな症状が現れる。

 気分が落ち込む。自信がなくなる。集中力や判断力,思考力が低下する。悲観的で自責的な考え方になる。気力がなくなる。会社に行くのがおっくうになる。仕事がいやになる。楽しいと感じることがなくなり,興味が起きない。イライラする。怒りっぽい。今したことをすぐ忘れる――。

 一方,身体的症状として出ることもある。体の調子がおかしいというとき,たいていの人は,まず内科に行く。医者には,どこにも異常はないと言われるが,すすめられて念のため精神科を受診してみた。そして,実は「うつ病」だったということがわかるということはよくあるらしい。これが「仮面うつ病」である。体がこころの状態を引き受けてしまうのだ。これは,喜怒哀楽を表現しないタイプの人がなりやすいと言われている。

 「仮面うつ病」では,疲労感,全身のだるさ,めまい,耳鳴り,吐き気,しびれ,頭痛,肩こり,胃の不快感,腰痛,便秘,下痢・腹痛,食欲の低下,体重減少,不眠,性欲の低下などの不調が体に現れる。

◆生活変化ストレス尺度」でチェック

 すでに書いた症状は,うつになったか,なりかけている人のものである。うつにならないようにするには,どうしたらいいか。ひとつの方法として,自分のストレス度をチェックできる「生活変化ストレス尺度」(表)を紹介しよう。これは,アメリカ・ワシントン大学精神科のホームズ教授が作成したものである。

  生活変化ストレス尺度

できごと 点数 チェック できごと 点数 チェック
配偶者の死 100 ? 親類との紛争 29 ?
離婚 73 ? 子どもの自立 29 ?
別居 65 ? 顕著な業績 28 ?
懲役 63 ? 配偶者退職 26 ?
近親者の死 63 ? 入学や卒業 26 ?
本人の病気 53 ? 生活の変化 25 ?
結婚 50 ? 環境の変化 24 ?
解雇 47 ? 上司と紛争 23 ?
離婚調停期 45 ? 仕事の変化 20 ?
退職 45 ? 転居 20 ?
家族の病気 44 ? 転校 20 ?
妊娠 40 ? 余暇の変化 19 ?
性の不一致 39 ? 宗教の改教 19 ?
家族数増加 39 ? 社会活動の変化 18 ?
仕事再適応 39 ? 小金額抵当 17 ?
経済的変化 38 ? 睡眠の変化 16 ?
親友の死 37 ? 同居人数 15 ?
配置転換 36 ? 食事の変化 15 ?
夫婦げんか 35 ? 休暇 13 ?
大金額抵当 31 ? クリスマス 12 ?
抵当の停止 30 ? 小さな違反 11 ?
仕事の責任 29 ? 合計点数 ? ?

 表にある出来事のうち,この1年間で自分に当てはまるものを選んで,その横にある点数を足してみる。その合計点数が300点以上なら8割の人が,150〜299点なら約半数の人が,翌年になんらかのストレス病にかかるというものである。これはアメリカ人のストレスの感じ方を基準にしているので,日本人には必ずしも当てはまらないかもしれないが,かなり参考になる。

 項目はストレス度の高いものからリストアップされている。特に注目したいのは,10番目に「退職」という項目があることだ。点数も45点とかなり高い。ハッピーリタイアで,第2の人生を楽しむ気風を持つというアメリカ人でさえ,「退職」は大きなストレスなのである。このことからも,定年前後の精神状態がいかに不安定なものかがわかるだろう。

◆語り合い,支え合う人間関係を築く

 大切なことは,自分の状態を正しく知って,それに対処できる状態を保つこと。「他人に話しても,解決することではない」などと,こころを閉ざしてしまわないこと。そして,症状がひどくなったら,きちんと精神科や心療内科など専門医の診断を受けることである。

 平成17年6月に発表された警察庁統計資料によれば,日本人の自殺者は平成10年から17年まで連続して7年間,3万人を超えている。そのうち約72%は男性で,60歳以上が34.0%,50代が24.0%である。中高年世代の自殺は,うつ病が引き金になるケースが多いという。

 語らないまま,一人悩みを抱えて,最悪の道を選んだのかと思うと,胸が痛む。人に話してしまえば,そうたいした問題ではなかったかもしれないし,一人では考えもつかなかった道が見つかったのかもしれない。相談する方法や相手が身近にあれば,うつも自殺者は減るのではないだろうか。

 「相談」では気が重いなら,お酒を飲みながら,仲間と語り合うのでもいい。カウンセリングにはピアカウンセリングという方法があって,仲間と語り合うことも,仲間に聞いてもらうことも,りっぱな対処法なのだ。

 ただし,うつの症状の人に「頑張れ」というのは逆効果。「そんなことではダメだ。もっとしっかりしないと」という否定や叱咤激励も,かえって症状を悪化させる可能性があるので,ご法度。相手の気持ちを,じっくり聞いてまず受け止めることが大事だ。

 家族や周囲は,もっと定年前後にいる人の様子や状態に注意を払う必要がある。企業も社員への精神面でのサポートを考えるべきだ。そして,当事者も,うつうつとしているのは自分だけでなく,多くの仲間が大なり小なり,同じような気持ちを持って定年を乗り越えようとしていることに気づくことではないだろうか。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

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