松本すみ子の「定年準備講座」
 

第10回 地域に戻る <その2>        2006年1月24日
       〜田舎に帰ってこないか?〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 前回は,寝に帰るだけだったお父さんたちが,いよいよ「フルタイム市民」として地域にソフトランディングするコツや,地域のリタイア世代への期待度と活用度を探ってみた。この場合は,いま自分が今住んでいる地域だった。一方で,定年後は故郷へ帰るUターン族,田舎暮らしを求めて地方に移り住むIターン族もいる。

 今,団塊世代を迎えて地域の活性化を図ろうと,さまざまな条件を提示して勧誘に余念のないのが地方自治体だ。手厚い支援を利用して,いっそのこと田舎で第2の人生をスタートさせるという選択肢もある。

◆Uターン支援政策が目白押し

 団塊世代に関する情報を集めていて,2005年後半からやたらと多くなってきたと感じたのが,地方移住を促す自治体の取り組みである。最近は,ほぼ毎日,関連ニュースが流れてくる。

 つい最近届いた情報は,島根県が行う団塊世代の定着促進策。2006年から関連事業費を予算化し,定年を迎える団塊世代をターゲットに,Uターンなどを促す総合対策事業に取り組むという。内容は,職業紹介,住宅相談,農業研修の3本柱。県の出身者に行ったアンケートの結果を踏まえ,故郷で能力を発揮できる仕組みづくりも検討したいと意気込む。

 このような取り組みは,島根県に限らない。手元にある資料には,北海道,青森県,岩手県,新潟県,鳥取県,岐阜県などの名前が見える。首都圏では神奈川県というのもある。おそらく,この種の対策に取り組まない県はないのではないだろうか。

 しかし,いくら自然を満喫できる生活に憧れているといっても,都会暮らしに慣れた人間が,突然田舎暮らしでは不安ばかりだ。そんな時には「ふるさと回帰支援センター」が役に立つ。全国各地の田舎暮らしに関する情報提供だけでなく,関心ある人が出会える交流会の開催や「100万人のふるさと」という情報誌も発行し,受け入れ自治体のためにコーディネーターも養成している。

 また,「田舎体験と田舎ステイ」という手もある。まず田舎に親しんでもらおうと,そば打ちや味噌づくりなどをしたり,わらじを編んだり,ブナ林散策,農作業体験,ホタル鑑賞,地元の人との交流などを行う「田舎体験プログラム」を各地で行っている。観光とはひと味違ったふれあいができるのが魅力だ。

◆「定年帰農」と「週末田舎暮らし」

 このように,各地で団塊世代はモテモテだ。日本では今,地方の過疎化が進む。これを食い止めて町に活気を取り戻すには,都市部に大量にいる団塊世代がうってつけ。地域活性化の担い手として,リタイア後の有り余る力を地域活性化に発揮してもらおうというのが,自治体の狙いである。ちなみに,「田舎体験と田舎ステイ」は総務省自治行政局過疎対策室が運営している。

 自治体などのふるさと回帰支援に関する取り組みについては近く,「団塊消費動向研究所」にもまとめるので,そちらも参考に。

 田舎暮らしといえば,まず農業が頭に浮かぶ。畑仕事でもやってみようかというのではなく,本格的に農業を始める人もいる。「農で起業する!」(築地書店)という本を書いたのは杉山経昌さん。脱サラして,東京から宮崎県に移り住み,農業で起業した。会社員時代の営業の経験が農業に大いに役立ったという。サラリーマン経験者ならではの新しい発想の農業が始まっている。

 おそらく団塊世代に求められるのは,人口や労働力を増やすことだけでなく,こうした「ビジネス的センス」による地域への刺激,そこから生まれる変化ではないのだろうか。

 一方,もっと気楽に趣味の範囲で農業を楽しみたいという人たちも出てきている。彼らが選ぶのは「二地域居住」だ。普段は今までどおり街で暮らす。そして,週末や気が向いたときに,居住地から比較的近い田舎に購入したセカンドハウスや畑で,農作業や花作りを楽しむ。どちらかひとつを選ぶのではなく,戻るのも2地域あるという贅沢な生活である。

◆団塊世代が地域の元気をつくる

 どこに戻ろうと,大事なのは,その地域でともに暮らす住民との交流やコミュニケーションだ。それがなければ,戻ったとはいえない。そこで知り合った仲間と,農業や社会貢献活動やボランティアをするうちに,NPOの立ち上げなどということになるかもしれない。行政は今,規制緩和・民間開放の方向にあり,うまくすれば地域事業の受託もある。ボランティアで始めたことが,第2の人生の仕事に育っていく可能性があるのだ。そして,なによりも,万一の場合に助けになるのは近くにいる他人だ。

 「北鎌倉湧水ネットワーク」を主催する野口稔さんは,北鎌倉に移り住んでから,民家や公園などいたるところに清水が湧き出る北鎌倉の自然の豊かさを再認識した。近年,鎌倉の山々も開発が進む。自宅の周りの環境が壊れていくのは放っておけない。そんな気持ちで活動を始めた。その活動は湧水保護にとどまらず,仲間とともに団塊サミットの開催にまでつながっていく。

 広告代理店勤務の中尾堯さんは,地域に知り合いが少ないことに危機を感じていた。阪神大震災の時,あの家にはあの人がいるはずという情報で助かった人がたくさんいたという話を聞いたからだ。そこで,思い切って地域のボランティアグループに参加した。今では,お年寄りのために出前歌声喫茶を主催し,第九を歌う会のリーダでもある。

 二人に言えることは,身の周りから生まれた好奇心,必要に駆られた行動が,最初の目的を超えて,さらに大きな活動に発展していったということだ。それが結果的には地域のために役立っている。地域活動の最初のタネは,身の周りの小さな疑問や問題を見つけることから始まるのである。

 地域で活動する団塊/シニア世代を,「セカンドステージ」ではすでに何人も紹介している。この二人の活動も,近々掲載の予定だ。会社での経験や知識を豊富に持つ団塊世代は,人手不足・スキル不足の地域活動にとって,願ってもない人材である。どっぷり会社人間だった人たちが,企業人から市民や社会人に変化するとき,地域はきっと豊かになっていくだろう。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

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