松本すみ子の「定年準備講座」
 

第7回 家族の絆を見つめ直す <その1>        2005年12月13日
       〜団塊世代はどのように家族をつくってきたか〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 団塊世代の多くは,20歳前後の大学入学や就職を機に故郷の親元から離れ,新たな地で新たな家族を作り出してきた。それは,どんな家族だったのだろう。家族に何を求め,何をもらってきたのだろうか。

 まもなく定年を迎えようとする今,自ら作り上げてきた家族の姿を見つめる機会を持つのは良いことではないだろうか。そこは紛れもなく,今後,唯一の居場所であり,新たな出発への拠点となる場所だからだ。

 家族――。この言葉から連想するのはどんな顔だろう。妻,子供,親,孫…。どれも欠け替えのない顔。しかし,子供や孫は巣立っていく。親は先立つ。今後も共に生きていけそうなのは妻しかいない。この「家族の絆」では,何をおいても妻との関係から始めることにしたい。ここで書くのは一般論だが,そこから自分自身の出会いと結婚を振り返り,思いを巡らしてほしい。

◆団塊世代はどんな結婚をしたのか

 団塊世代に青春の1ページを思い出させ,必ず懐メロの上位に入る歌がある。それは南こうせつとかぐや姫の「神田川」。同棲中のカップルの甘酸っぱい思い出を歌い上げている。当時の学生はお金がなかった。勢い込んで田舎から出てきたものの,都会の一人暮らしははやはりさびしかった。一方で,欧米の映画のような自由な恋愛に憧れた。そういう状況の中で,必然的に「同棲」が始まったといってもいい。

 今は黙して語らないが,70年代に同棲,半同棲を経験した若者は多かったと思う。当時も「できちゃった婚」はあった。ただ,その後,同棲した相手と結婚したかというと,そういう例はむしろ少なかったかもしれない。アンハッピーを予感させる歌だから,いまだに「神田川」は記憶されるのである。

 恋愛は自由だが,結婚は違う。長髪を切り,ジーンズからスーツに着替えて一流企業への就職活動を展開したように,「結婚なんて紙切れに過ぎない」と言っていた割には,まともな結婚をした。女性の進学率が大きく伸びた時期なので,結婚する相手も大学や短大などの高学歴の女性が多くなった。大学のキャンパスでは男女平等が当たり前。女性たちは意識も高く,知識や教養も身につけていた。夫につき従うといった旧態依然とした夫婦の形はそこにはない。むしろ,家庭を共に運営するパートナーである。だから,「友達夫婦」とも呼ばれた。

結婚年次別にみた、恋愛結婚・見合い結婚構成の推移

                                  出展:国立社会保障・人口問題研究所
                                  『第12回出生動向基本調査 夫婦調査の結果概要

団塊世代あたりを境にして,見合い結婚と恋愛結婚が逆転する(グラフ)。以前,別の記事を書くにあたって10名ほどの団塊サラリーマンに話を聞いたが,多くが妻は同い年あるいは数カ月年上というので驚いた。恋愛結婚ならではの現象だろう。

◆団塊世代の男たちは,どんな女性と結婚したのか

 同じ年の女性と結婚したということであれば,妻も当然,団塊世代の女性である。では,団塊世代の女性とはどういう人たちなのだろう。学歴についてはすでに触れた。問題はどんな感性と価値観を持っているかということだ。

 面白いデータがある。千趣会ベルメゾン研究所が行った「母娘世代レポート」という調査だ。1970年代の20代(つまり団塊世代の女性)と今の20代(団塊ジュニア世代)の価値観の変化を調べている。その中に「結婚観」の項目がある。

 それによれば,団塊女性の場合は,独身時代にせっせと結婚資金を貯め,親に反対されても愛を貫き,23〜26歳の間に3〜6歳年上の包容力のある人と結婚をして,友達夫婦として一生愛し合い添い遂げることを理想とした。総じて,まともで堅実だが,「親に反対されても」の部分が現代の20代とは違う。現s代では20%しかいないが,団塊女性には,愛を貫きたいという人が倍以上の41%もいたのだ。

 もう一つ興味深いのは,「週何回,会社の帰りに寄り道をしますか」という質問。団塊女性は3回以上の人が50%もいるのに,2005年の20代には30%しかいない。社会勉強に関しては団塊女性の方が積極的だったのである。

 1970年代といえば,「アンノン族」が出現した時代だ。団塊女性は,雑誌「anan」,「nonno」に掲載されている観光地に,雑誌を小脇に抱えて大挙して足を運んだ。京都,鎌倉,金沢,倉敷などは,この時から古都としてブランド化され,今に続いている。都会で一人暮らしを始めた女性にとって,「anan」,「nonno」から取り入れた情報はライフスタイルそのものとなっていた。

 男性たちは,こういう行動かつ知的好奇心旺盛な女性たちを妻にしたのである。しかし,時代はまだ,好奇心や向学心旺盛な女性を活用する体制になっていなかった。OLとして勤めたものの,3〜4年ほどでの結婚退職が普通。能力は生かされることなく,専業主婦として家庭にとどまることになる。その不満は,今でもどこかに根強く残っているといっていいだろう。

◆団塊世代の男性はどんな“夫”になったのか

 団塊男性は多くが日本の高度成長を担う役割を背負い,子育てや家事一切は妻に任せ,会社に専念する道を選んだ。仕事が忙しいというのは,半分は本当で,半分は嘘である。会社とその周りで何かしていることが好きなのだ。仕事人間というよりも,会社大好き人間。会社が最高に心地よい居場所になったのである。

 さらに,友達のように仲のよかった夫婦も,年月を経て安定した関係になると,あまり男と女という感じではなくなってくる。会社では厳しい競争にさらされているから,家に帰ってきたときくらいは気を抜いていたいと,すべてのアンテナを外す。こうして,少しずつ無関心が広がっていく。

 妻が髪型を変えても,リビングのカーテンを取り替えても気づかず,気づいてもことさら口にしない。語り合うことは,内容は些末でも,家庭を持続するには極めて重要なコミュニケーションである。これを怠り,会話のない,緊張のない夫婦関係が出来上がっていくと,お互いに本心を語らず,素直にものが言えず,何事も「ご自由に」の事後承諾関係になっていく。

 先週,話題のドラマ「熟年離婚」が最終回を迎えた。多くの視聴者は,夫婦が元の鞘に納まるハッピーエンドを望んだらしいが,結局,別々の道を歩む展開となった。分かれてからの方が,お互いを尊重し,理解しあえる関係になるという結論だ。

 離婚までいかないにしても,時には刺激を作り出し,距離を置く努力が必要かもしれない。一方的でなく,家族を壊すことのない程度の刺激。たとえば,夫婦の寝室を別にする,それぞれが自宅に自分専用の部屋を持ち,自分のことに没頭する時間を持つ。時には,夫と妻の立場を入れ替えてみる。そうすることで,相手の苦労や大変さ,自分にとっての配偶者の必要度を認識できるのではないだろうか。

◆リタイア後の居場所を確保するには

 手元に,「夫よ!あなたがいちばんストレスです」(村越克子著,河出書房新社)という本がある。「ずっと一緒にいたくて結婚したはずなのに,なぜ夫がストレスになってしまうのか」という妻たちの戸惑いと,夫や妻のタイプ別対処法が書いてある。特にシニア世代を意識した内容ではないが,リタイア世代には身につまされる内容だろう。

 妻にとって,リタイア後の夫が毎日家にいるのは恐怖であり,心配のタネなのだ。毎日,三度三度食事の用意をするのは勘弁してほしい。何もすることがなくて,引きこもり状態になってボケられても困る。

 妻の方はすでに地域活動や習い事などで仲間を作っている。「実は,家庭に閉じこもっているように思われている女性の方が,男性よりもはるかに変化に飛んだ環境の中で生きており,適応性がある」――。こう言ったのは,確か,堺屋太一さんだ。

 女性は結婚で親元から離れ,他人の家に入り,子供を生んで育てる過程で新たな世界をいくつも経験し,子育てが終わると,お稽古事や地域貢献などで仲間と,また別の世界を作り上げる。一方,男性は一度就職すると,ほとんど同じような考えをもった仲間と,同じような話をして,一つの社会での経験しかないというのである。

 妻は敏感にそれを察している。「この人,退職したら,どうするんだろう」と心配している。今こそ,妻と話し合うチャンスなのである。

 次回は,夫にとって家族や家庭は安らぐ場所だったのか,団塊世代の妻は本当に離婚を考えているのか,そして,これからの家族関係をどう組み立てていくかを考えてみたい。

(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

     
 

copylight 2004 arias All rights reserved.