松本すみ子の「定年準備講座」
 

第2回 定年前のウォーミングアップ<その2>                              2005年10月25日
       〜自分の価値を認識する〜

 
*このエッセイは、日経BP「団塊世代のための定年準備講座」に掲載したものです。
 

 前回は,「今まで仕事に費やした時間」,「定年後の自由時間」を計算することで,まず,自由でゆとりある毎日を実感してもらった。次に,ぜひ,やってもらいたい準備事項を一つ紹介する。それは,「自分自身を知る」こと。己を知らずして,何事も始まらない。これは,最も大事なウォーミングアップである。

◆経験豊かな一人の人間として居場所を見つけるには

 リタイアしたとたん,今までの仕事のことは忘れ,家族を大事に,趣味を楽しみ,生涯学習やボランティアに勤しみましょうと言われても,なかなかそういう気にはなれないだろう。そもそも自分で納得し,自ら決断してリタイアするわけではないからだ。「個人の能力に関係なく一律に定年時期を決められ,仕方なく去るだけだ」という思いを抱いている人もいるのではないだろうか。

 しかも,「古い体験はもういらない」,「一刻も早く若い世代に権限を譲ってもらい,企業も新陳代謝をしなければならない」などと言われる。年金では勝ち逃げ組だ,福祉も高齢者優遇で問題だ,などと旗色が悪い。定年前後の不安定な心理的に加えて,こんな状況では,自分に自信を持てなくなっても不思議はない。

 しかし,40年近い仕事や人生での経験は貴重だ。それを訴えた小説が,堺屋太一氏の『エキスペリエンツ 団塊の7人』(日本経済新聞社)である。金融や建設,店舗経営,広告代理店などの専門知識を持つ団塊世代が,その経験と知識を持ちより,傾いている商店街の再生に力を注ぐ話だ。本の帯には「30年の経験があれば,何だってできる!」とある。

 会社だけが能力の発揮場所ではない。世の中には,誰かの力を必要としている人たちがたくさんいる。むしろ,活躍できるフィールドは会社員時代よりも広いのである。大事なことは,一人の経験豊かな人間として勝負できるかどうかだ。

 そのためにも,自分自身をきちんと知っておくことが必要になる。今までは他人に分析・判断されていた能力や知識や人間性を,これからは自分で判断するのである。自分の興味や能力を自覚できれば,自信も生まれる。第二の人生で居場所を見つけるための方法も,自然と見つかるかもしれない。

◆自分発見の手法「棚おろし」をしてみよう

 自分を知るための方法として,「棚おろし」というやり方がある。キャリアカウンセリングでよく使う手法だ。「キャリアの棚おろし」の場合は,今までの職業生活から得た経験やスキルを隈なく書き出して,そこから,もともと持っている資質・能力,仕事のやり方,身に着けた経験とスキルなどを自覚し,次の仕事に生かすために行う。

 しかし,ここでやるのは,どちらかというと「人生の棚おろし」。仕事だけではいけない。幼少期から少年期,青年期,成人期,壮年期など,過去から現在まで個人的な出来事も含めて書き出してみよう。

 セミナーなどでは,あらかじめ図のようなフォームを用意して,時系列的に記入してもらうことが多い。しかし,形式にこだわることはない。自分なりに,今までの人生を振り返り,節目の出来事や人との出会い,影響を受けたことなどを書いていけばいいのである。

 以前,あるセミナーに,今の自分を中心にして,過去,未来と思いつくままに記入し,曼荼羅のようになった図を持ってきた人がいた。正直言って,他人にはほとんど理解できない。しかし,それで構わない。この図は彼にとって大切な指針となったことだろう。そして,もうひとつ重要なことは,過去から未来までの人生を自分なりに描くという行為そのものが,彼にとって満足感を伴う作業だったということである。

 「人生の棚おろし」をするときにもっとも大切なことは,その時の感情を忘れずに書き出すことである。仕事の場合は,私的な感情をはさむことはご法度だ。個人的な感情は出さずに冷静に対処するのが,できるビジネスパーソンの条件である。人前で泣くことなどありえない。

 しかし,ここでは,むしろ個人の感情こそが重要なのである。「好きな仕事だったのに,会社の都合で異動させられたときにはがっかりした」「評価につながらなかったが,自分で自分が満足した仕事は別にある」「あの時のあの言葉を忘れることができない」。あの時は楽しかった,あの時は泣くような思いをした。それを思い出すことは,経験豊かな一人の人間として勝負するときにとても大切な要素である。

◆今やりたいことを100書き出す

 自分の嗜好を図る方法を,もうひとつ紹介する。それは,今やってみたいこと,興味あることを100書き出すという作業である。そういうと,たいていの人は「100なんてとても思いつかない」という。しかし,これは会社の提案書でもなければ,コンテストの応募作品でもない。頭に浮かんだことを,自由に書き出せばいいのである。

 たとえば,思いっきり夜更かししたい,たまった本を読みたい,やせたい,温泉に行きたい,もう一度恋をしたい,タバコをやめたい。こんなことなら,いくらでも出てくるのではないか。これは固くなった頭に発想の転換を呼び起こす脳のマッサージだ。

 こうして書き出した100の項目をじっと見てみるといい。何か,傾向は発見できないか。無意識の中にこそ,心の欲求が表現されていることがある。それが見つかれば,しめたものだ。秘訣は,あまり難しく考えずに始めてみることである。もしかして,うまくいかなかったら,また別のことを始めればいい。もう肩ひじを張ることはないのだ。

     
 

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